千葉地方裁判所 昭和35年(行)8号 判決 1960年6月07日
原告 根本孝三
被告 千葉地方法務局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は「被告が供託受理に対する原告の異議申立に対し昭和三四年一一月二八日付でなした決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求の原因として、
一、昭和三四年一〇月九日訴外田中茂雄は千葉地方法務局東金出張所に対し、「右訴外人は原告から山武郡大網白里町大網三八三番及び三八四番にまたがる木造亜鉛葺平家建店舖兼住宅のうち西側一四坪七合を敷金四〇〇〇円、家賃一ケ月二〇〇〇円(後に改定されて敷金七〇〇〇円、家賃一ケ月三五〇〇円)毎月末払の約で賃借したところ、昭和三四年一〇月一日右訴外人は原告に同年九月分の残賃料一五〇〇円及び敷金差額三〇〇〇円を提供したに拘らず原告からその受領を拒否された」とし、供託物還付請求権者を原告として金四五〇〇円を供託し、右地方法務局出張所法務事務官金子登美男はこれを受理した(昭和三四年度金第二六号)。
二、ところで原告は右供託受理に対し不服があつたので同年一〇月一一日付を以て被告に対し異議申立をしたところ、被告は同年一一月二八日右異議申立を棄却する旨の決定をした。
三、しかし右供託受理は次のとおり違法であり、したがつてそれを維持した右原決定も違法である。すなわち、
1、原告に対する本件供託通知書乃至供託書によれば、当事者の表示については(1)供託物の還付を請求しうべき者の住所・氏名として山武郡大網白里町大網三八三番地根本孝三、(2)供託者の住所・氏名として山武郡大網白里町大網三八四 三四八番地田中茂雄と表示されているが、真実は(1)供託物の還付を請求しうべき者の住所・氏名は山武郡大網白里町大網三八二番地根本孝三、(2)供託者の住所・氏名は山武郡大網白里町大網三八三 三八四番地田中茂雄であるから、右供託通知書乃至供託書の表示は何れも真実に符合しない。
2、又右供託通知書乃至供託書によれば、供託の原因たる事実として前記のように前記建物の「従来の敷金四千円、家賃一ケ月金二千円なる処、値上改定約旨により敷金七千円、家賃一ケ月金千五百円」と記載されてあるが、改定約旨そのものが未成立、不存在であり、したがつて敷金、家賃の約定も賃料支払場所の約定も未成立、不存在である。
3、同じく右通知書乃至供託書によれば、供託する賃料として前記のとおり「昭和三四年九月分前納したるにつき、同月分の差額家賃金千五百円、敷金三千円」と記載されてあるが、右のとおりいわゆる改定約旨なるものが成立していないのであるから前納の理由がない。
4、以上のとおり、賃貸借契約乃至改定約旨が成立していないことは、本件供託書に供託の事由として「昭和三四年一〇月一日提供したが受領を拒否された」と記載されてある点に徴してみても明らかであり、したがつて同訴外人のなした本件供託及びそれを受理した前記供託官吏の行為は公文書虚偽記入・不法行為であるる。
5、(1)ところで供託受理行為は、供託者のためその法律行為の効力を完成させる補充行為としての法律的行政行為であるから、それにより供託者の主張する改定約旨が成立、存在しているものとして扱われる結果を生ずる。その結果被供託者たる原告は不当に拘束されることになる。したがつて供託者の主張する改定約旨なる基本的行為たる賃貸借契約が不成立、不存在又は無効のばあいには、それに関する供託受理行為も亦無効になるものと解さねばならない。(2)又供託受理行為はその認識の表示として反証によつてのみくつがえしうべき公の証拠力を有する準法律行為的行政行為としての公証行為であるから、その供託受理行為が維持される場合は、供託者の主張する改定約旨が一応成立、存在するものとの推定を受け、その結果被供託者たる原告は不利益をこうむるのみならず、法律上の原因なくかつ適法・有効な権利行使の要件を具備していないのに供託者に不法にその目的物件の賃借権行使要件を与えてしまうものである。(3)供託受理行為としての供託書による被供託者たる原告に対する通知行為は、直ちに供託者に権利行使要件を具備させ、かつ原告に対し拘束力を生ずるので、違法かつ無効である。(4)供託受理行為に際しては、供託官吏は形式的審査しかできないとしても、その受理によつて以上のような法律上の効果を生ずるものであるから、供託当事者間の基本的法律関係の証書、すなわち供託者の主張するいわゆる改定約旨、賃貸借契約の内容を認識しうる書証を提示させたうえ受理することが当然必要とされる。本件においても右の手続をとつておればこのような瑕疵ある行政行為は阻止しえたものを、供託官吏がその手続を怠つたために違法の供託受理となつたものである。
四、以上のとおり本件決定は違法であるのでその取消を求める。と述べ、本件供託受理及び異議に対する決定が適法である理由についての被告主張に対し、
1、被告の主張する「形式的供託要件についての実質的審査」からしても、供託書に記載されてある供託原因の事実が存在するかどうか、その事実について供託義務があるかどうか、その供託を義務づけ又は許容する根拠法令があるかどうか等につき書面を提示させ審査すべきである。
2、供託書に表示の当事者の住所に誤りがないかどうかを審査することも形式的審査主義における審査の範囲に属する。しかも不適法な行政行為はその補正がなされてはじめて適法なものとなるところ、本件においては右住所の誤りは今なお補正されていない。
3、これを要するに本件供託受理には重大かつ明白な瑕疵がある。と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として「請求原因事実一、二の全部及び三、1、乃至4、のうち本件供託書乃至供託通知書に原告主張のとおりの記載がされていることを認め、その余の点は否認する」と述べ、本件供託受理及び原告の異議申立を棄却した決定が適法である理由として、「そもそも供託官吏は、供託の申請があつたときは、供託書を受けとり、供託の要件を審査して供託の受理・不受理を決定するものであり、供託要件及びその審査については、供託書が決定の書式に合つているか否か、すなわち供託者の表示・供託金額の表示が明瞭であるか、供託原因たる事実の記載が充分であるか、法令と一致するか等その記載事項を調査するものであり、その審査の範囲はいわゆる供託要件の形式的審査のみにとどまり、実質的供託要件については供託書の記載につき形式的審査をするにすぎない。形式的供託要件は、制度運営上供託所の側にみとめられた要件であるから、これについては実質的審査をして制度運営の適正を図る必要があるのに対し、実質的供託要件は当事者の側にみとめられる必要乃至利益に外ならないから、供託手続上は一応これを当事者の主観に委ねて供託所は形式的審査をするにとどめ、審質的審査を裁判上の判断に譲つたのである。けだし実質的審査をするには、供託の基礎たる当事者の実体的法律関係の実質に立ち入つて調査しなければならないので、供託所の職務としては適当ではないからである。これを本件についてみるに、(1)当事者の不符合の点については、本件供託書によれば一応当事者の住所につき地番まで記載してあり、住所の誤記は後日訂正が許される等、何ら供託の形式的要件を欠くものではなくかつ供託受理の効力に影響を及ぼすものでもない。(2)又改定約旨・賃貸借契約の内容を認識しうる書証の提示の請求手続は、いわゆる「供託の原因たる事実」が実際に存在するか否かにまで立ち入つて調査することになり、これは実質的供託要件に関する実質的審査の範囲であり、その審査をすることのできない供託官吏の本件供託受理は、供託法その他の法令にてらし、形式的に何ら違法・不当の点はない。以上のとおり本件供託受理及び異議に対する決定は適法である」と述べた。(立証省略)
理由
原告主張の日原告主張のとおり、訴外田中茂雄が供託をなし、千葉地方法務局東金出張所の供託官吏がこれを受理し、原告からこれに対し異議申立がなされ、被告がこれを棄却する決定をしたこと、本件供託書乃至供託通知書には原告主張どおりの記載がされていることは当事者間に争いがない。
ところで原告が本件供託受理乃至異議棄却決定が違法であると主張する理由は、当事者の住所の誤記及び供託原因事実の存否に関するものであるところ、そもそも供託とは債権者が弁済の受領を拒み又はこれを受領することができないとき等に弁済者を保護するため債権者に代つて供託所がその寄託を受け、それが実体上有効な場合にそれにより弁済者にその債務を免れさせるという効果を生ずるだけのものであつて、供託の原因たる契約乃至それを変更する契約が実体上存在しないか或いは無効のときにまで弁済者に弁済の効果を与えるものでないことについては詳言を要しない。これを他の面からみれば、供託官吏としては供託をしようとする者がある場合には例えば供託書に供託法第二条第二項の定める事項がもれなくかつ明白に記載されてあるかどうか等のいわゆる形式的供託要件について審査をすれば足り、それ以上に供託の原因たる契約の存否、効力の有無等について審査することは、必要でないというよりかこれをなす権限を有していないものであつて、その審査は挙げて裁判所の判断にまかされているのである(もちろん裁判所の判断とは、供託の原因たる契約の当事者間等における実体関係についての民事訴訟においてのものであつて、供託官吏の処分を不当とする行政訴訟においてのものでないことはもちろんである。)。
更に又、当事者の住所の誤記等については後日その訂正をすることを禁じた法令も存在しないから、供託官吏においてその訂正をなすことは妨げず、したがつて本件供託書等におけるその表示に誤記があつたとしてもそれは供託受理行為の無効又は取消原因となるものではない。
以上のとおり、原告の主張する違法原因なるものは全て本件供託受理行為の取消又は無効原因となるものではなく、したがつてこれに対する異議申立を棄却した被告の決定も相当であるから、本訴請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)